老人と海 〈慶良間〉

勤続10年のリフレッシュ休暇を使って、7泊8日の慶良間旅に出た。何もなければ海外に行くであろう5年に1度のチャンスであり、思い返せば勤続5年のリフレッシュ休暇ではインドを旅した。そうは言ってもこんなご時世では難しい。日本で一番リフレッシュできる場所は考えるまでもなく沖縄なのだが、その中でも慶良間に呼ばれた。ような気がした。渡嘉敷以外は未踏であったため、座間味、阿嘉との三島めぐりも考えたが、計画を立ててみるとあまりに忙しかった。忙しいのは気分が乗らない。あくせくしたくない。ぼんやりしたい。そう、私はとことん怠けたいのだ。究極に厭世的な時間を過ごす、ということを念頭に企画した結果、座間味島と渡嘉敷島の二島を楽しむスローな旅とあいなった。

1日目 那覇に行く

休暇初日は、ただ那覇まで移動した。のんびり旅としてはこの上なく順調な滑り出しである。昼過ぎの便で那覇へ行き、美栄橋近くのホテル、アクアチッタ那覇にチェックインする。最上階のシースループールに惹かれたわけではなく、泊港に近いため選んだことは言うまでもない。
那覇ですべきことが2つだけあった。酒を買うことと、美味しいものを食べることである。このタスクをこなすべく、荷解きもそこそこに酒屋巡りに出かけた。那覇で購いたいのは泡盛よりもむしろ洋酒で、狙いは南大東島のラム酒CORCOR(コルコル)のアグリコールである。このラム酒は派遣女子が社内ベンチャーでラム酒造りに挑むという実話を元にした原田マハの小説『風のマジム』の、まさにモデルとなったお酒である。中でもサトウキビの産地で限られた季節にしか造られないアグリコールは、わりと入手困難だ。土産物店には目もくれず地元のガチな酒屋を3軒ほどパトロールするが見つからない。大穴狙いのイオンでも出会えなかった。しょんぼりしかけたところに「泡盛専門店」を掲げるやけに燻銀な店舗を発見した。

ダメもとでトライしてみると、神様のお導きのごとくようやく出会えた。在庫量も文句なしである。まずは3本。そして比較的手頃な伊江島のイエラムのゴールドも1本。更に気になっていた泡盛メーカーのジンも、悩んだ末にお店のおじさんおすすめの1本を購入した。占めて17,000円。爆買いである。1日1,000円以上買うと押してもらえるスタンプカードをもらった。3つ貯めれば泡盛がもらえるシステムらしいが、1日に17,000円買っても1つしかスタンプは押してはもらえないらしい。ゆるいのか厳しいのかよく分からないこの手の事象はわりと好きである。発送手続きを終えるとようやく落ち着いた。せっかちな私はタスクがあるとソワソワするのだ。肩の荷が下りた思いでほっと一息つきながら店を出た。
その後は美味しいものを食べるほうのタスクである。予約していたのはこちら。
ほんわか無口で見るからにウチナーンチュな板さんがカウンターの中に、ものすごく気さくなおじさんがホールにいて、2人してあれやこれやと世話を焼いてくれるやけに居心地のいい店である。あれもこれも食べたいと言うと小さめの魚で調理してくれ、泡盛が飲みたいと言うとおすすめの銘柄を並々とついでくれる。2軒目に泡盛バーにでも行こうかと思っていたのに、満腹かつへべれけでまっすぐホテルに帰ってしまったほどの充足感であった。

2日目 座間味に行く

翌日は、ただ座間味島まで行った。那覇から座間味島へは「高速船クイーンざまみ」で50分、「フェリーざまみ」で2時間の行程だが、急ぐ理由が何ひとつない私はフェリーを選んだ。高速船よりも開放的で歩き回れるし、屋外で風に当たりながらぼんやりできるフェリーが好きなのだ。おまえ本当に今日何もしないつもりかよと詰め寄られているような晴天のもと、乗船した。
よく知らない船ながらもとりあえず上へ上へと上がると、最上階の4階部分が素敵なテラス席になっていた。一番乗りで陣取る。大型船ののんびりした揺れと海風を楽しみながら、たまに流れてくる噂の軽石に目を凝らしたりしているうちに、あっという間に阿嘉島に着いた。
ここで半分ぐらいの乗客を下ろすと、座間味島まではもう15分だ。鯨のモニュメントが出迎えてくれる。はじめまして座間味。
お迎えが来ていた。今回の宿はこちら。
島の宿は基本的に小宿が大半で、じゃらんnetなどの予約サイトの勢力外である。Googleマップでアナログに調べ多少口コミを読んでフィーリングで予約した。港からは車で5分。チェックインを済ませると、あまりに予定がない私のことが心配になったのか、宿のおばさんが昼食後にビーチに連れて行ってくれるという。せっかくなのでお言葉に甘えることにした。集落から頑張れば歩いていけるがちょっと遠いビーチが2か所あるのだが、そのうちミシュラン2つ星で島を代表する古座間味ビーチまで車で送ってもらった。
太陽が出れば暑いが陰ればヒヤっとする14時、陽の高いうちにまずは海の様子でも見ようかと素潜りを楽しんだ。ビーチからすぐの場所でも白砂と珊瑚がコラボしていて美しかった。あー、やっぱり海が好きだなぁ、なんて思いながら早々に上がり、あとは砂浜に寝転んでビールを飲みながら本を読んで過ごした。恐悦至極であった。
飲食店の営業状況がわからず2食付きにしたため、夜は宿でいただいた。小鉢がたくさん並び、地元食材やメニューが少しずつ食べられることにホクホクする。
島のスーパーで買い込んだ泡盛を楽しむためコップを借りると、ついでにシークァーサーもくれた。ちびちびと幸せに浸る静かな晩であった。

3日目、4日目 座間味ダイビング

ようやく今日からダイビングだ、となると、お決まりのように天気が崩れ、初日はどんよりどころかザザ降りであった。しかしどの島とも初対面はだいたい雨か台風なので、それほど気にならない。「昨日まではいい天気だったんですけどねー」と言われることにも慣れすぎている。島の人が残念がってくれるほどには気にならず、むしろ申し訳なさそうに言われることが申し訳ない。今回は石垣島でたまにご一緒するMさんのご紹介で、ざまみセーリングさんにお世話になった。
双胴船のヨットが面白いよと薦めていただいたのだが、シーズン的なものなのか2日間ともゲストは私1人で、贅沢なことに人二人と船一艘を貸し切ってしまった。朝出港すると戻ってこないスタイルで、水面休息時間には景色の綺麗なポイントに移動してくれ、広い船の上でゴロンと横になりながら「晴れていたらさぞ綺麗なんだろうな」とどんよりした海を想像で楽しむこともできた。なんともプレシャスな時間である。
1日のダイビング本数は2本と決めていた。せっかく船を出してもらうのに申し訳ない気もしたが、初めから心に決めてきたことなので仕方ない。そう、ひとことで言えば、波照間島でののほほんスタイルに味を占めたのだ。2本潜って、昼ごはんとビールを楽しみ、昼寝をして夕方からまた飲む…そんな夢の日々を過ごすことが今回の主目的である。登山家の竹内洋岳さんが「登山は山頂に立つことが目的ではなく、計画に始まり無事に戻ってくるまでの一連の流れを楽しむものだ」と言っていたが、私も「ダイビングは潜ることが目的ではなく、潜り終わってビールを飲んで昼寝をして美味しいものを食べるところまでを楽しむものだ」と言いたい。
そんなわけで貴重な4本となったダイビングは、2日間ともに太陽には欠けたものの海の中は期待通りで、亀もいれば白砂にはチンアナゴ、根にはスカシテンジクダイやハナゴイが舞い、イソバナの森には幼魚がチョロチョロとしていた。絶好のコンディションではなくとも、とても楽しかった。
満足して2日目を終えると、ストロボが水没していた。お金持ちダイバーの友人KGさんにタダでもらったストロボとはいえ愛着もひとしお、何より明日から路頭に迷うと思ったら泣けた。というのは大げさで、泡盛を飲んで早々に諦めることにした。

5〜7日目 渡嘉敷ダイビング

渡嘉敷島には、村内船の「みつしま」で移動した。予約をしておけば阿嘉島を通って渡嘉敷の阿波連まで行ってくれる小型船で、所要時間は30分程度である。窓口で支払いを済ますと、やけにざっくりとしたチケットを渡された。
グアムからロタへ渡るスターマリアナスの搭乗券を思い出す手作り感にほっこりする。乗客は私ともう1名。宿のおばさんだけではなくダイビングショップの泰平さんも見送りに来てくれていた。また来ますねーと2人に手を振り振り8時半に出航すると、9時には渡嘉敷の阿波連港に到着した。渡嘉敷での滞在は元祖ダイビング宿のシーフレンド。さすがの大型バスが迎えに来てくれていた。とはいえ宿までは3分ほどと一瞬で到着する。チェックイン後すぐにダイビングに出かけた。渡嘉敷でのショップは1日1組限定でワガママ放題を叶えてくれるという素晴らしいコンセプトを抱えシーフレンドから独立された、通称テルさんのお店だ。
こちらは1本ずつ戻ってくるのも、海況が許せば出っぱなしでも、ワガママ放題好き放題のスタイルだ。なんせゲストは1組すなわち私だけである。どのポイントも10分あれば着いてしまう近さで、基本的には癒し系スポットを所望した。そうは言っても3本目も行くでしょ?というテルさんのそこはかとない期待を気持ちよく裏切り、1日2本をキープする。
初日にストロボが水没しまして…と打ち明けると、2日目からは私物のストロボをアームごと貸してくれた。なんと親切な。初めて使うINONはめちゃくちゃに調子が良く、ステキな亀が撮影できた。これだけで3日分の満足感だが、その他も珊瑚に群れるデバスズメダイや、ばっちり光の入る時刻を計算して入る洞窟など、とにかく慶良間らしさに満ち満ちた海とガイドに大満足した。

謎の老人てっちゃん

渡嘉敷島に到着した日、てっちゃん、という友だちができた。例によって午前中に2本のダイビングを終えた私は、島の定食屋で生ビール片手にそばを啜っていた。するとカウンターを占領して盛り上がってたローカル臭い集団の1人に「一緒に飲まないか」と声をかけられた。あとあと聞くところによると、昼間から一人でビール飲んでる奴とは絶対に友だちになれると思ったのだそうだ。非常に怪しいシチュエーションではあったが、面白そうなので二つ返事で加わってみる。その場にいた彼の飲み仲間や本人から聞くところによると、てっちゃんは島内に家を借りている半島民の東京都民で、悠々自適の定年後ライフを送っている70代男性。そしてなぜか「この島に来る人は全員楽しませなければならない」という超人的なおもてなしマインドを両手いっぱいに抱え、老若男女国籍問わずナンパを繰り返す島の有名人なのだそうだ。現役時代は某ナショナルフラッグのパイロットという社会的地位のある仕事に就いていたそうで、なんとなく気品も感じるのだが、島では毎朝11時からひたすら飲んでいる、まるでヘミングウェイのような老人なのである。
それからは昼寝を含む私ののんびり計画は総崩れになり、3日連続で夜までてっちゃんやてっちゃんが声をかける新しい仲間とともに飲み続けることになった。毎朝二日酔いの恐怖とともに目覚め、予想外に元気なことに泡盛への感謝を強め、サクサク潜ってビール片手に昼を食べ、洗濯を終えてビーチへ行くとてっちゃんに会い、そのまま夜更けまでまた飲む。そんな日々を過ごした。

肝臓だけは大変だったことと思うが、それ以外の私は何の無理もしない7泊8日であった。大人になってからあんなに毎日すっぴんで過ごしたこともない。きっと肌も喜んでいたことだろう。最高のリフレッシュをくれた慶良間に感謝したい。

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